PSJ渋谷研究所X(臨時避難所2)

はてダ http://d.hatena.ne.jp/kamezo/ からインポートしただけ

書籍『信じぬ者は救われる』、本日発売(らしい)


『信じぬものは救われる』
香山リカ×菊池誠
『信じ者は救われる』かもがわ出版
http://www.kamogawa.co.jp/moku/syoseki/0155/0155.html


帯のコピーが秀逸。


江原啓之さんを
ウソ発見器にかけてみたい!


BK1 JBOOK 三省堂のトークイベント kikulog


先日、菊池くんに会ったときにいただきまして、帰りの電車で読みました。対談なので1時間ぐらいで読めてしまいます。
以下、感想とか。



なんとなく据わりの悪い思いで江原騒動や『水からの伝言』にまつわるあれこれを眺めていたりした人には、手軽な案内として読めるだろう。
なんとなく全体像をつかみかねていた人は、漠然と感じていたあれこれが腑に落ちたり、あちこちでとっちらかっていた議論がキーワードでまとめられていくような感じが得られたりして、すっきり感が得られる部分も多いと思う(でも、これですっきりされても困るのだけど)。


精神科の医師と物理学者が、それぞれの体験や考察を交換する。すると、ふたりともが同じような感触を得ていて、お互いの話が奇妙なほどに符合・呼応していく。


前書きで香山さんは、こう書いている。

「霊視のほとんどは現在の脳科学で説明がつく」という授業を行ったあと学生にアンケートを取ってみたところ、「びっくりした。聞いてよかった」という感想よりも、「聞きたくなかった」もしくは「それでも信じます」という感想のほうが多くて驚いたことがあった。彼らにとって、せっかく「自分を超えた世界」にいた霊能者を自分たちと同じ次元に引きずり卸そうとした私に、彼らは怒っているのだ。学生たちは、「自分たちが信じたいように信じさせてほしい」と言っているようにも見えた。
呼応するように、後書きで菊池くんはこう書いている。
少なからぬ人たちにとって、「信じる」と「信じたい」とが同義語なのだ。あるいは「信じたいこと」と「事実」が同義語なのだと言ってもいい。科学の問題だけではすまない悩ましさが、そこにはある。
(略)
スピリチュアルがはやるのも、ある種のニセ科学がはやるのも、理由はたぶん同じで、ただその現れかたが違うだけなのに違いない。
香山さんの読者と菊池くんの聴衆がどれぐらい重なっているのか、ぼくはわからないけれども、どちらの人も読みながら「やっぱり」とか「そっちもか」なんて、うなずくことが多いのではないかと思う。


読み終えて、「ニセ科学やスピリチュアルブームの向こう側に見え隠れするもの」、そんなことを考えた。ややこしく深い話のちょっと手前で、見晴るかす荒野を見るような思い。


軽く読めます。でも、人によっては読後感がちょっと重いかもしれません。