PSJ渋谷研究所X(臨時避難所2)

はてダ http://d.hatena.ne.jp/kamezo/ からインポートしただけ

編集者不在の出版、その末路


報道


ご本人のブログ(魚拓


サンクチュアリ出版(2009/4/23 18:00現在不通、22時現在復旧)


オープンネットワーク上の著作物を「共有地の作物」と考えれば、それは確かに誰が食べてもいい(読んでもいい)だろう。しかし、さすがに「これはオレのものだ」と言ってはまずい。このケースのように自分の著書におさめるなら、どこかに「共有地で拾ったものも混じっています」と書いたぐらいでは十分ではない。どれが拾い物なのかを明示する必要がある。

出版社の社長は次のように述べている。

 この本に掲載されたエピソードは、社内で語り継がれていたもの、インターネットで集めたものであり、ご本人の特定が困難だということで、著者の中村氏から本書の発売前より「もし実際に体験されたご本人の方からご連絡をいただいた場合には、誠意を持って対処させていただきたい」という文書を受け取っており、弊社としてはそのような形で対応させていただいております。

http://sankei.jp.msn.com/culture/books/090420/bks0904202114006-n1.htm

なにか勘違いをしているのか、わかっていないふりをしているのか。手を尽くしても権利者に連絡がつかず、奥付等で断りながら連絡を求めるといったやり方は前例がいくらもある。しかし、どこが該当部分なのかが明確でない掲載は、考えられない。しかも、本書の場合は「スタッフからの聞き書き集」といった前提がある。その前提に反するものを載せるのはどうか……とまでは言わないとしても、せめて、聞いた話の記憶を呼び起こして再現したものと、ネット上でそのまま採取可能な状態で遭遇したものは、区別がつくように扱いを変えるのが当然だ。それをしていない理由にはならない。また、文末などの改変は誰が行ったか定かでない(採取の時点ですでに改変されていた可能性だってある)が、これも関係者が行ったのであれば、同一性保持の観点からはNGだ。引用にも転載にもなりゃしない。


仮に著者がそうしたことを理解していなかったとしても、出版社や編集者は、そうした著者の無知や不見識をカバーできないとまずい。そりゃあ、いい大人が本を出すんだから、著者だって「知らなかった」では済まないのはもちろんなのだけど、著者が物書き稼業の長い人でない場合は、編集者や出版社が水先案内人にならなきゃ、と思うわけです。サンケイの23日記事や、22日のブログ記事末尾の注意書きから察するに、どうやらこの著者の方は著作権のことをほとんど理解していない。まあ、世間の人はだいたいみんなよくわかってない、オレがしっかりしなきゃ……と思ってるぐらいでいいんじゃないかな。


編集者は企画と書名のネーミング、装幀に帯コピー、取り次ぎや書店への営業、データのデリバリーぐらいが仕事だと考えている人が少なくないのも知ってる。でも、それだけじゃないんだよ。その本を出すための「あらゆることの段取りと調整」が仕事なんだよ。今回のケースで、誰が企画を出したのかはわからない。担当編集者が、どんな仕事をしたのかわからない。だけど、こういう末路を避けるために働かなければならなかったのは、やっぱり担当編集者だと思うよ。


編集者は、お世話になる著者や会社、第三者に迷惑をかけないよう、なによりも読者の期待を裏切らないように、著作権をちょっとは学んでおくのが職業上の責任じゃないかな。ボーダーなケースでは素人判断をしないで、早めに権利関係に詳しい人に相談しよう。前例があったりするから。仮に出版社や上司が「いい加減でいいよ」とか言い出しても、著者・第三者・読者・自分、そしてその家族たちのために、必要な目配りはしてね。


今回の著者は、家族まで白眼視されていると書いている。場合によっては、そこまでのことになるんだよ。著者は読売と日テレを恨んでいるけれども、ぼくは編集者・出版社が一緒になってネタ集めをしていたのだったら、ほとんどそっちの責任だとさえ思う(やらせや捏造をやった番組の、出演者と制作者・テレビ局みたいなものだよね)。スケジュールと予算さえ守れれば、ちゃんとやることを嫌がる上司も会社もいないから。きっと。土壇場になってから「やばい!」と気づいたときは、一世一代の熱弁を振るおう。誰の落ち度か論じるよりも、傷を最小限にするにはどうするべきか策を講じよう。まあ、もしも社長がみんなわかってて「これでいいんだ」とか言い切ってたんだったら(そして、そうなんじゃないかなあ、という疑いをぼくはもっている)、一担当者にはどうにもできなかったかもしれないけどさ。そうではなかったのであれば、ね(著者に耳打ちをすることもできなくはない。結果はともかく)。


これから本を出そうと考えておいでの方は、本を出すときは、ちゃんとした出版社で、ちゃんとした編集者と組んで出しましょうね。じゃあ、どうやって見分ければいいのか。出版社の方は評判を少し調べればわかるだろう。編集者を見分けるのは、あなたの人生経験が頼り、じゃ酷かな。しばらくやりとりすれば、だいたいわかると思うんだけど。たとえば、なにか自分がわからないことについて質問してみる。そのときの行動や態度でわかることって、あるんじゃないかな。自分がわからなければちゃんと調べてくれるか。理由まで説明してくれるか。安請け合いをしないか。期日までに答えをくれるか。などなど。そうしたときに、どうもこいつはダメそうだぞ、と思ったら、出版社を再考したり、勇気をもって原稿を引き上げるのも、大人に求められる見識だろう。


標題は編集者が必要な仕事をしていないという意味で「編集者不在」としたけれども、実際には「不心得な編集者が引き起こした」のかもしれない。だとすると、著者はそれと気づかずに共犯者にされたという意味では「被害者のひとり」なのかもしれないとさえ思う。