PSJ渋谷研究所X(臨時避難所2)

はてダ http://d.hatena.ne.jp/kamezo/ からインポートしただけ

さらに「水からの伝言」


先に「『水からの伝言』に関するおさらい」でもちょっと採り上げたビデオが、kikulogで紹介されている。
で、それに反応している保護者の方がおいでだ。その方はBlog「『どらろぐ・「お水」別館』に、お子さんが学校でこの話を題材にした授業を受けて以降の顛末を書いておられる。
体験記事はここから→「ことの起こり」。


以前の「kikulogで体験談募集」でも書いたように、僕自身も子どもが学校でこの手の授業を受けちゃって困った経験がある(体験そのものはkikulogのコメント欄に書いた)。
で、自分の体験と『どらろぐ・「お水」別館』の記事を読んで考え込んじゃうのは、「小学校の道徳で『自らの伝言』を教材にしちゃう」ということのなかに、教育現場の問題までも入り込んでいることだ。
いまの学校では「専門家の話を聞く」みたいなことを総合的学習や情報教育のなかで教えていってるのではないのか。理科の先生に意見を求めればすぐに真偽がわかるようなことが、そのまま教室に入り込んで行ってしまうのは、学校あるいは教員が抱えている問題を端的に示してもいるように思う。


「ご飯に『ありがとう』と呼びかければ、そのご飯は発酵しても腐敗しない」という話など、水分が多ければ条件を満たすのなら、煮物や汁物は決して腐らせないことができるはずだ。言葉をかければ防腐の用が足りるなら冷蔵庫も器もフタもラップもいらないはずだ。直接的な健康被害を起こしかねない。腹を壊すだけで済めばよいのですけどね。


こういう似非科学を信じてしまうかどうか、また、それが非論理的だとか非科学的だと指摘を受けたとき(個人であれ組織であれ)どう対応するか。これはある種のリトマス試験紙の役割を果たしてしまうのかもしれない。