PSJ渋谷研究所X(臨時避難所2)

はてダ http://d.hatena.ne.jp/kamezo/ からインポートしただけ

偽装肉と80年代のオサカナ業界人


前のエントリーを書いて思い出したので、備忘録。


食肉業界についてはほとんどなにも知りませんが、20年近く前に、全四巻の魚の本を編集したことがあります。


築地取材の窓口になってくれた場内の「美濃桂」は特種屋さん(トクダネと読んで、スシダネなどを扱う卸問屋さんのことのようです)。本来は自分の店に仕入れないようなものも撮影のために競り落としたりしてくれただけでなく、親切にいろいろ教えてくれました。美濃桂のオヤジさんは、いろいろな媒体の取材を受けていたそうなので、きっと情報を消費者に届けることも築地仲卸の仕事だと考えていたのかもしれません。今もとても感謝しています(あ、お元気なご様子)。


しかし、そういう方は本当に一握りだったのが、十数年前の築地でした。築地場内は問屋街なのですから、ターレットと呼ばれる動力式の荷車などが走り回り、殺気立っていて「ど素人入るべからず」なんですけど、それだけが原因ではなかったように思います。今は一般の買い物客も増えているそうなので、だいぶ親しみやすくなったようです。


築地だけが問題だったと言うわけではありません。かつてはおサカナ業界自体が閉鎖的だったのでしょう。初心者には、なんじゃそりゃあと思うことが無数にありました。


まずは魚名のややこしさ。標準和名、地方名、釣魚名に加えて流通名なるものまで存在します。整理されるようすはありません。流通名は、元は魚屋さんの符丁だったのでしょうね。地方名と釣魚名(釣りの対象魚とされるときの呼び名)だって民間の俗称だから仕方ないんです。市場にだってローカル色があるでしょう。でも、せめて流通では統一するとか併記するとかして欲しいと強く思いました。


また魚名のまぎらわしさ。これは伝統的な問題なので、本当に打つ手がないのですが。
無数の「あやかりダイ」の多くはマダイと外見の一部が似ているだけで、類縁ではありません。マダイはスズキ目スズキ亜目タイ科マダイ亜科に属するんだったかな。ギンメダイなんかギンメダイ目って、もう全然別種です。


マグロならマグロにも等級があり、しかし当時の消費市場ではみんなひとからげにマグロ。クロマグロがいちばんおいしいと知っても、シビ、ホン、メジなどと異名がたくさんあって、なにがなにやら(まあ、あっても高くて買えないと思うけど(^^;))。


さらに、そうした慣習につけこむような新顔の輸入魚の名付け方。
ティラピア・ニロチカはチカダイと呼ばれていました。近縁でイズミダイと呼ばれるティラピアもいました。マダイと同じスズキ目ですが淡水魚。温水で養殖されたので、温泉街などではタイの刺身として供されたこともあるそうです。
マダイだけは別格で「ホンダイ」と呼ばれつつ、キダイもチダイもひとからげにタイとして供されていた時代ですけれども、さすがにこれは無茶だと思ったものです。
メルルーサはギンムツ、ギンダラと呼ばれていました。今は消費者が混乱するからと改められてメルルーサと呼ばれるようになったそうですが、そのためか加工専用になってしまったようです。いわゆる「白身魚のフライ」用です。ギンムツは、うちのカアチャンが好きだったんだけど、最近は魚屋さんでは見かけません。


そして業界人の強い玄人意識。
目利きと同じように「わからないのは素人」と見下して終了しちゃうのが当時の多くのオサカナ業界人でした。ウンチク本が大量に流通しはじめた頃のことです。知っている人がえらかったのです。「消費者にわかりやすくないといけない」という意識を持った人も一部にいましたが、多くの現場の人間は「歴史があるからそういうもの」で済ませていました。


味覚はあいまいなものであると同時に、訓練されればある程度磨けるものだからといって、それを消費者に望むのはおかしな話です。ややもすると、「違いがわからないヤツは、安いニセモノを食べていればいいんだよ」と言ってるのと同じことになってしまいます。
今はもちろんだいぶ違いますが、当時は、たとえば工業製品のような説明責任という感覚はありませんでした。そりゃあ、魚介類の消費だって落ち込むだろうと思いますよ。安心して買えないもの。値段の上昇や漁獲高はもちろん、鮮度などの目利きができるできないとか以前の問題です。極端にいえば「自分がなにを買おうとしているのかわからない」のが、当時の魚屋さんだったんですもの。


テレビと新聞で散見した範囲では、ミートホープ社社長のメンタリティは、この当時のオサカナ業界人と共通するものを感じます。
食肉は、まだあまりウンチクの対象になっていないのでしょうか。情報の大衆化がサカナよりはだいぶ遅れているのかもしれません。