PSJ渋谷研究所X(臨時避難所2)

はてダ http://d.hatena.ne.jp/kamezo/ からインポートしただけ

【メモ】「学ぶ」ということと「道具」


僕がXOノートを使って感じた事(科学ニュースあらかると 07年12月14日)

「人は年齢を重ねるから賢くなるのではなく、学ぶから賢くなるのだ」、 「興味を持って自ら獲得しようとしたものが、より深く学ばれるのだ」、 という事を考えてみて欲しいと思います。


「教え込む」事が教育なのでは無いのです。目の前に見えている正体不明の ものを「囓れる」様にするための「初歩の手ほどき」は必用ですが、子供達が 自分の力でそれを把握する為につつきまわしてみられる様にする事も、必用 なのです。

まだ、なにかまとまったことを書けるほどに咀嚼はできていないけれども、忘れたくない(そうか、はてブを使う人の気持ちが、少しわかったかも)。


9歳児のやってのけたことや、そこでコンピュータ(OLPC)の果たした役割に驚きはしない。子どもは、コンピュータ・ネットワークは、そういうものだと思ってきた。矮小化してとらえられることが多くなってきたとは思うけれども。
ああ、「【メモ】思考力が先か,知識が先か」で書きたかったことのなかに、本当はこういうこともあったんだなあ。


さて、これは単に「子どもの話」ではない。単にコンピュータの話でもない。「親は考えるべきだ」「先進国の住民は」「おとなは」「技術者は」「教育者は考えるべきだ」でもない。なんだろう。「人類は」か? ううむ、大きく出過ぎている気がする。